高橋のぶ オフィシャルサイト
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【高橋のぶ オフィシャルサイト】
Live
ライブレポート

●2005年4月24日、原宿のライブハウス“ブルージェイウェイ”で、『白いボールのファンタジー』と題して高橋のぶ&Endless line のライブが行われました。ブルージェイウェイのArtist file No.18に紹介されています)
参集したファンの中には、トランザムのEP、LP、CDからソノシート(!)に至るまで、すべて持っているというツワモノも。この日のために、はるばる他県からお越しくださった方もいらっしゃいました。

050424_Endlesslines.jpg
↑Endless line の面々。キーボード(左サイド)はトランザム初期メンバーの小松崎純氏、フロントギター(右サイド)は class の津久井克行氏。後方を固めるのは、左からギターのミッシェル・T・宮崎氏、ベースのクール長崎氏、ドラムスの井地氏。

050424_TRANZAMs.jpg
↑鳴りやまないアンコールに応えて、トランザム(TRANZAM)の初期メンバーによる演奏も! ドラムスはチト河内氏、ベースは富倉安生氏。コアなファンにとっては「激レア、豪華、ため息もの」だったそうです。

年月を感じさせない高橋のぶの歌声。そのボーカルスタイルには更に磨きがかかり、よりいっそうの深みを増していました。けれども、その声は当時のまま。あの頃のまま、何も、何にも変わってはいません。本当の核の部分、純然たる魂の輝きは、私たちの心に安らかな光を届けてくれたのでした。
ファンによる花束贈呈もあり、トランザム人気の健在さも順調の限り。
ステージ上で「今後10年は歌い続けて行きたい」と語った高橋のぶ。「『「白いボールのファンタジー』がリリースされたのは、署名活動等々をしてくださった野球ファンの皆さまのおかげ。できればその皆さまのために直接、僕の肉声でこの歌を歌って差し上げたい」とライブ後のインタビューで話していたその矢先、千葉マリンスタジアムでの歌唱が実現したのです。
昔ながらのトランザム・ファン、そして新たに野球ファンも加わりながら、高橋のぶ&Endless line は新たな感動を私たちに与え続けてくれるのでしょう。

(取材・文:LINDEN



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Date : 2005.04.24 Sun 20:43  Live|トラックバック(0)

【高橋のぶ オフィシャルサイト】
Profile
高橋のぶ プロフィール

宮城県出身。ビートルズで音楽に目覚め、音楽を志す道を決める。
1967年ドラマーとしてプロデビュー、その後ボーカルに転身し、
1973年「つのだひろ&スペースバンド」を経て、
ロック界の重鎮的存在の「トランザム(TRANZAM)」のボーカルとなる。
(当時の活動名は高橋伸明)
1975年「ビューティフル・サンデー」が大ヒット、コカコーラのCMソングを3年連続で歌う。
1981年の国際障害者年のテーマソング「地球の仲間」を担当し、
ユニセフ・メッセンジャーとして、全国100数十箇所の施設や会場でコンサートを開催。
音楽性と歌唱力の具わった「トランザム」は不動の地位を築き、数多くのアルバム、シングルを出す。CMソングは100曲以上となる。
トランザム解散後には音楽制作にも分野を広げ、 プロデューサーと歌手「高橋伸明」の2つの道を行く。
「トランザム」時代の業績は高く評価され2003年3月、20年の時を経て「トランザム・アンソロジー」と題してCDが発売された。それと同時にトランザムの活動を再開。
2004年9月30日プロ野球のパ・リーグ問題でクローズアップされ、パ・リーグ連盟歌「白いボールのファンタジー」のCD化発売の待望が高まり、26年ぶりに発売された。オリコンデイリーチャートでは16位に入る快挙。

Date : 2005.04.24 Sun 16:25  Profile|

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